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立憲民主党の公約「最低賃金1500円」は正気なのか?

岸田首相の言う「新自由主義的でない成長戦略」とはどういうもの?

衆議院が解散され、事実上の選挙戦が始まった。公示が19日、投開票は31日だから10月後半の日本列島は選挙一色に塗りつぶされそうだ。嫌でも各党の公約に関心を持たずにいられない。

新聞を読み、またテレビを見ながら、岸田首相の言う「新しい資本主義」とはアベノミクスの延長にあるものなのか、それともアベノミクスとは質的に違うものなのか、などと時々考えを巡らしている。

専門家ではないからはっきりしたことは分からないが、「新しい資本主義」という大胆なネーミングからすると、岸田首相はアベノミクスとは次元の違う経済システムのあり方を構想しているように見える。1980年代以来の新自由主義経済との訣別、というようなことも語っているからだ。

しかし、新自由主義と訣別して経済を成長させることができるのだろうか? 成長と分配の好循環は、しっかりとした成長戦略があり、それを軌道に乗せることができてこそ初めて実現できる。その一番肝心な成長戦略、しかも岸田首相の言う新自由主義的でないという成長戦略、それがどういうものなのか今ひとつクリアでない気がする。

枝野代表の「分配なくして成長なし」は理屈に合わない

それでも、岸田首相率いる自民党は「成長」によるデフレ脱却を掲げているからまだ安心できるが、野党の方は「分配なくして成長なし」とか、どう考えても理屈に合わないことを言っていて私は支持できない。平等優先の社会主義的発想で、これで自公政権過半数割れに追い込むなど、到底無理な話だ。

初めから分配に重点を置くと、経済はなかなか成長しない。そもそも分配優先で経済成長を達成した国ってあるのだろうか?

分配するには原資が必要だが、考えられるのは国債発行による借金か、富裕層への増税ぐらいしかない。後者は経済成長の阻害要因となり、岸田首相が金融所得課税強化に前向きという情報が流れただけで、日経平均株価が急落した。

立憲民主党は、直近に起きたこのマーケットの反発をまざまざと目撃したにもかかわらず、しっかりと公約に入れているのがよく分からない。枝野代表は「株価が上がって喜ぶのは富裕層だけ」と思い込んでいる節があるが、株価の変動はあらゆる階層に影響するから、その考えは的を外している。

株式投資を初めとする資産運用は、今では国民の常識となりつつあり、まだ給与水準の低い若い世代でも投資をやっている人は多い。株価を下げるような政策を公約に入れる神経は理解しがたい。

最低賃金の1500円への引き上げは実現不可能。少なくとも短期的には

もっと分からないのが、最低賃金を1500円に引き上げるというものだ。もちろん、一気に1500円にするということではなく、公約(「政権政策2021」)には「時給1500円を将来的な目標に、中小零細企業を中心に公的助成をしながら、段階的に引き上げる」と書いてある。

cdp-japan.jp

しかし、「将来的に」とは、いつを指すのだろう。3年後? 5年後? それとも10年後? いずれにせよ相当な長期政権、安倍内閣に匹敵する長期政権にならない限り、5年やそこらで1500円まで引き上げるのは不可能だ。しかも、1500円まで引き上げた結果、日本経済が沈没する可能性は高い。

たとえば、毎年10%ずつ最低賃金を引き上げるとしよう。現在、全国平均の最低賃金は930円だから、年率10%で引き上げれば5年で1500円になる。しかし、年率10%はあり得ない数字だ。なぜなら、アベノミクスで日本経済がゆるやかに成長していた時でさえ、最低賃金の引き上げ率は年3%程度である。それ以前の10年間は、よくて2%程度、1%未満の年もざらにあった。

小泉内閣時代前半は毎年1円の引き上げ、アベノミクスでも年3%増がやっと

小泉内閣時代の2002年度が663円、翌2003年度が664円、そして2004年度は665円と毎年1円しか上がっていない。2005年度が668円でやっと3円の増加だ。

アベノミクスによる急速な円安で輸出産業が潤い、訪日外国人が怒濤の如く押し寄せ「爆買い」という言葉が流行った頃――訪日外国人は800万人から3000万人強まで増加した――、当時の安倍首相は毎年、経済界に2%以上の賃上げを要請した。これは労使交渉に政府が口を出すという異例の試みで、官製春闘と呼ばれたものだ。

この時期、政府は最低賃金の引き上げにも意欲的に取り組んだが、それでも年3%がやっとだった。この間、2013年度の764円が5年後の2018年度に874円まで上がった。平均すると年率3%弱である。

もし衆院選立憲民主党中心の内閣ができた場合、その内閣が5年間続いたとしても、アベノミクス時代と同じ年3%弱の引き上げ率では1500円は達成できない。その3倍以上の10%の引き上げを毎年続けなければいけないのだ。そんなことが可能だろうか?

立憲民主党アベノミクスは失敗だったと言っているから、アベノミクス以上の経済成長を成し遂げて年5%ずつ最低賃金を引き上げたとしても、それでも1500円に到達するまで10年かかる。

急速な少子高齢化が進む中、持続的な成長は不可欠だがもはや高度経済成長は難しいといわれているのに、毎年5%の賃上げを10年間(もしくは10%の賃上げを5年間)続けるなんて夢物語だろう。

岸田首相が「令和版所得倍増」という言葉を引っ込めたのも、それを文字通りの意味に解したら絶対に不可能なことを、自身がよく分かっているからに違いない。実現不可能なことを公約に盛り込むのは、世を惑わす罪作りな行為だ。けれども、「令和版所得倍増」と同じくらい実現不可能な「最低賃金1500円への引き上げ」を、立憲民主党は公約に書いてしまった。

30~40年かければ1500円になるかも。立民政権ではそれも無理では?

アベノミクスの3%の最低賃金引き上げでも、悲鳴を上げる中小企業が多かったとどこかで読んだ覚えがある。労働者にとっては嬉しいことでも、経営者からしたら人件費増で死活問題となる。よほどの生産性の向上がないと雇用を維持できない。多くの中小企業は少数精鋭路線を取らざるを得ず、従業員一人一人の業務量を増やして対応するしかなくなるだろう。それができない企業はつぶれるしかない。失業者は確実に増える。

実際、韓国の文在寅ムン・ジェイン大統領は、最低賃金の引き上げを公約に入れて政権を取ったが、年率10%を超える大幅な賃上げを断行してたちまち経済は失速した。韓国では若い人たちが就職できず、コロナ禍の前は日本で働きたいという学生がたくさんいた。日本企業も優秀な人材を求めて韓国まで出向いて就職面接をやっていたほどだ。

日本で5%や10%という威勢のいい賃上げをすれば、同じようなことが起きるだろう。分配を先にして経済が成長するとは、ちょっと私には信じられない。成長を優先し経済を回復軌道に乗せたアベノミクスでさえ、3%の引き上げが精一杯だったのだから。

ひょっとして立憲民主党の枝野代表は、今後30年か40年ぐらいかけて1500円にすると言っているのだろうか。それならまだ現実的かもしれない。しかし、それでは選挙の公約とは言えないのでは?