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「アベノミクスで実質賃金は下がった」(枝野代表)という批判は、雇用の大幅増を無視している

アベノミクスで実質賃金は下がった」への反論

衆院選中の枝野代表発言の検討を続けたい。自民総裁選中から衆院選が終わるまで、立憲民主党・枝野代表は「アベノミクスで実質賃金は下がった」と言い続けてきた。

「実質賃金が下がったって? だからどうした」と言いたいところだが、枝野代表は実質賃金の低下を悪いことと決めつけて、「実質賃金は下がった。だからアベノミクスは失敗した」と非難する。

とても短絡的な発想で、私には受け入れがたい。しかし力強くこう言われ続けると、つい同調したくなる人は多いかもしれない。「アベノミクスで景気は良くなったと聞いてきたが、自分の給料は目減りしていたのか。それは知らなかった。許せない!」と思う人がいても不思議はない。

しかし、事はそう単純ではない。この問題を考える上で参考になるのが、エコノミスト永濱利廣氏の次の論考だ。

biz-journal.jp

実質賃金の低下には、マクロ経済的に見て良い側面もある

永濱氏は次のように述べて、実質賃金の低下には良い側面があることに注意を喚起する。

実質賃金の基となる名目賃金が総人件費を常用労働者数で割って算出されることからすれば、実質賃金が低下傾向にある背景には、常用労働者の増加というマクロ経済的に評価できる側面もあると考えられる。

実質賃金は、名目賃金(税や社会保険料などを差し引く前の額である現金給与総額。通常、1人当たり月額が公表される)指数を消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)で除し、100を乗じて算出する。

実質賃金の基となるのが名目賃金で、永濱氏は「総人件費(現金給与総額)を常用労働者数で割って算出される」と書いている。

「常用労働者」は厚生労働省が厳密に定義していて、次の各号のいずれかに該当する労働者をいう。

  1. 期間を定めずに雇われている労働者
  2. 1か月を超える期間を定めて雇われている労働者
  3. 日々又は1か月以内の期間を定めて雇われている労働者のうち、4月及び5月に、それぞれ18日以上雇われた労働者

就業形態や雇用形態を考慮して整理して図解すると、次のようになる(厚労省「主な用語の定義」)。

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常用労働者の定義――厚生労働省による

図中の「正社員・正職員以外」には、上記1~3に当てはまる限りでのアルバイト、パート、派遣社員契約社員、嘱託など、通常「非正規社員」と呼ばれる人たちが含まれる。したがって「常用労働者」には非正規社員も入っている。なお、一般に非正規社員名目賃金が、正規社員のそれよりも低いのは周知の通りである。

非正規社員を含んで雇用が増えれば、統計上、1人当たり名目賃金は下がる

ここから分かるのは、常用労働者が増加すると、増加した人数に非正規社員が多く含まれていれば、その分だけ名目賃金(平均賃金)の伸びは抑制される、ということである。仮に消費者物価指数が一定とすると、非正規社員を中心に常用労働者が増えた場合、常用労働者1人当たりの名目賃金は低下し、それに伴って実質賃金も下がる。

要するに、相対的に安い給料をもらっている労働者が増えれば、統計上、1人当たり名目賃金(平均賃金)は下がるのである。これは算数計算の問題で、当たり前のことだ。そして、いまは消費者物価指数一定の仮定を置いているから、実質賃金も自動的に下がる。

だからといって、以前から労働市場にとどまっている労働者、たとえば既に5年、10年と働いている常用労働者の名目賃金が下がることはない。これも当たり前だろう。賃金の安い新規参入者が増えて1人当たり名目賃金が下がったとしても、それは労働者全体の平均値を算出したからであって、既に働いている常用労働者だけに限れば、名目賃金が下がることはない。

物価水準に変化がないケースでは、統計上、実質賃金が低下しても、労働者にとっては何も問題がない。むしろ、永濱氏が指摘する通り、非正規雇用を含む常用労働者が新規参入して増えているわけで、これはマクロ経済的に見て評価すべきことである。(「賃金の安い非正規雇用ばかり増えたって意味がない」という主張への反論は、前に書いたから繰り返さない。)

この点について、永濱氏はさらに次のように書いている。

実質賃金の低下の判断には注意が必要だ。(中略)実質賃金とは、企業従業員に支払っている総人件費と従業員数に着目し、総人件費を従業員数で割って名目賃金を計測し、それを消費者物価で除して平均的な従業員の購買力を計る。ただ、実質賃金の元になる名目賃金では、景気が良くなり失業者が職につけるようになると平均賃金を押し下げる要因となり、マクロ経済的に新たに就業者が増えるというプラスの要素が評価されない。また、景気が悪くなり平均賃金が低い労働者が職を失えば、マクロ経済的には悪いことだが、名目賃金の押し上げに作用してしまう。

景気が悪くなり非正規社員が雇用を失えば、統計上、1人当たり名目賃金は上がる

永濱氏は「景気が悪くなり平均賃金が低い労働者が職を失えば、マクロ経済的には悪いことだが、名目賃金の押し上げに作用してしまう」と言う。これこそ、民主党政権期の2010年に起きたことである。

当時、景気が悪くなって平均賃金が低い労働者が職を失った。すなわち失業率が5.1%まで上がった。これにより労働者1人当たり名目賃金は上昇する。物価水準が一定なら、名目賃金が上昇すれば自動的に実質賃金も上昇する。そしてこの時は物価水準が下がったので、実質賃金はさらに押し上げられた。

2020年1月に、この実質賃金上昇という表面的な現象をもって、「民主党政権の時の方が実質賃金は高かったが、アベノミクスで実質賃金は下がった」と安倍政権の経済運営を批判したのが立憲民主党・枝野代表である。この批判が安倍首相(当時)から「デフレ自慢だ」と一蹴されたことは、「『アベノミクスは非正規を山ほど増やした』(枝野代表)は事実誤認である」で書いた通りだ。

実質賃金の低下には、プラスとマイナスの2つの側面がある

実質賃金の低下が問題となるのは、物価水準が上がっている時である。アベノミクスで経済は成長し景気は良くなったが、消費税増税により必要以上に物価水準が上がった。消費増税には逆進性があり、中間層や低所得層の財布を直撃する。案の定、消費は冷やされ、経済は「デフレを脱却した」と言えるほど大幅には成長せず、一方で物価水準の上昇により労働者の賃金は目減りしてしまった。

つまり、「アベノミクスで実質賃金は低下した」と言う場合、このような物価の上昇による賃金の目減りというマイナス効果と、先ほど述べた非正規を含む常用労働者の雇用拡大というプラス効果の2つの側面があることを理解する必要がある。

永濱氏によれば、アベノミクスによって2019年までに約500万人の新たな雇用が生まれた。この間、有効求人倍率*1は1.61にまで高まった。

1995年から2012年までの18年間に有効求人倍率が1を超えたのは2回(2006年と07年)しかないのに、アベノミクス期間中は2014年から19年まで一貫して1以上の数字を叩き出している。コロナ禍に突入した2020年も1を上回った。

失業率も大幅に下がった。以下は、労働政策研究・研修機構の「完全失業率、有効求人倍率」にリンクされている統計表から。

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失業率と有効求人倍率の推移

雇用の拡大は、完全失業率*2の低下に直結する。枝野代表が「アベノミクスで実質賃金は下がっている」と批判する期間をみると、完全失業率は顕著に下がっている。

このように、枝野代表はアベノミクスを批判する際、俗耳に入りやすい「実質賃金が低下して、賃金が目減りした」という部分だけを取り上げて、雇用の大幅増加、完全失業率の劇的な改善という客観的な事実を完全に無視したのである。

アベノミクスで国民の生活満足度は改善した

このことは、しばしば語られる「アベノミクスで経済が良くなったと言われても、国民にはその実感がない」も、作り話ではないかという疑問を生じさせる。コロナ禍の前までは、アベノミクスの恩恵を実感する国民はかなり多かったと思われる。

その証拠に、内閣府は「国民の生活満足度の改善」というデータを公開している(内閣府「安倍内閣の経済財政政策」)。

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内閣府「安倍政権6年間の経済財政政策の成果と課題」から

2019年の数字は確認していないが、少なくとも2018年6月までは、「生活に満足」の割合が増え続け、「不満」の割合は下がっている。

枝野代表の「地獄のアベノミクス」という非難は、国民の生活実感から見ても、実態からかけ離れた不合理な批判であることが分かる。

賃金の目減りをアベノミクスのせいにするのは間違い

さて、私の結論はこうだ。何度も書いているように、消費増税は安倍政権誕生前に旧民主党の要請に応じて自民、公明の三党が合意して法律を作ったのであり(当時の世論はこれを支持した!)、安倍政権は、自民党も加わって作った合意であるがゆえにこれを反故にせず、新政権の背負った宿命として受け入れたのである。それでも、8%を10%に上げるときは二度にわたって実施時期を延期し、軽減税率制度も作って、増税のマイナス効果を何とかして打ち消そうとした。

だから賃金の目減りは、これをアベノミクスのせいにするのは間違いである。もし消費税増税がなければ、アベノミクスで経済は力強く成長し、物価水準が上昇しても、それに伴って名目賃金も上昇し(経済が力強く成長しているのだから、企業は賃上げを許容できる)、賃金が目減りすることはなかったはずである。

また、多くの人が誤解しているが、この期間、労働市場に約500万人の新規参入があり、その3分の2が非正規雇用であることから平均賃金の押し下げ効果が働いたにもかかわらず、名目賃金指数はプラスを記録している。

これが何を意味するかと言えば、この期間、名目賃金はきちんと引き上げられてきたということである。下のグラフは時事ドットコムからお借りした。

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アベノミクス期の名目賃金と実質賃金の推移――時事2020年2月7日から

名目賃金の推移を、さらに就業形態別に見てみよう。厚労省「令和元年版労働経済白書」は、一般労働者(常用労働者のうち短時間労働者以外)、パートタイム労働者、全体の名目賃金の推移を、次のグラフで示している。

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「令和元年版労働経済白書」の「賃金の動向」から

名目賃金は全体として緩やかに上がっている。またパートタイム労働者と比べて一般労働者は上昇率が高い。全体の名目賃金の伸びが弱いことばかり強調されるが、こうやって就業別に見ると一般労働者の賃金は大きく伸びていることが分かる。パートタイム労働者の新規参入が増えたことで名目賃金(平均賃金)が押し下げられ、結果として一番左のグラフのようになっている。

この場合、「一般労働者」が一番左のグラフ(就業形態合計)を見て、「なんだ、賃金が伸びたといっても、大したことないな」と思うとしたら、それは本来見るべき中央のグラフ(一般労働者)を見ていないことからくる勘違いである。勘違いで国の政策を批判しても、批判された方はたまったものではない。

連合傘下の労働組合春闘で何をやっていたのか?

それでも、枝野代表やその支持者たちが「賃金の引き上げが少ない」「物価水準の伸びを上回る賃金引き上げになっていない」と批判するのであれば、では一体、連合は何をしていたのだと私は言いたい。

立憲民主党を支持する連合は、傘下に多数の労働組合を抱えている。日教組や公務員の組合だけでなく、大企業を中心に中小企業の労働組合もたくさん参加している。

彼ら連合傘下の労働組合は毎年、春闘で経営側と労使交渉を行い、経営側に賃上げを要求する。アベノミクス下で特異だったのは、この労使交渉に安倍首相自ら口を出し、毎年、経営側に3%の賃上げを要求し続けたことだ。

春闘では、野党の立憲民主党や国民民主党を支持する連合傘下の労働組合を、与党自民党の総裁でもある安倍首相が応援する構図を作ったのである。労働組合にとっては、こんな追い風はない。時の政府が味方してくれたのだから。

ならば、とことん経営側と話し合い、自らが望む限りの賃上げを要求し、断固として実現させればよかったではないか。物価水準が上昇したのなら、その水準を上回るか、最低でもそれと同率で賃金を引き上げるよう要求し、ギリギリまで粘ればいい。彼らはそれをやったのだろうか。

ここで十分な賃上げを達成できれば、いわゆるトリクルダウンが実現する。連合傘下企業の労働者の賃金が大きく上がれば、労働組合を持たない中小零細企業にも自然と波及するだろう。中小零細企業の労働者たちが黙っていないからだ。

しかし、枝野代表がしきりに言う「儲かったのは一部の大金持ちだけ。一般の国民はアベノミクスの恩恵なんか受けていない」が事実とすれば、連合傘下企業の労働者たちも恩恵は受けなかったことになる。

しかし、おかしい。連合は賃上げのために毎年、経営側と交渉している。「アベノミクスで得た利益を労働者にも分配せよ」と要求しなかったのだろうか。そんなことはない。連合は常に賃上げを要求している。彼らは企業業績が良くなれば、高い賃上げを求めるし、業績が良くなくても賃上げを求めている。

この春闘で、賃金の目減りが起きない程度の高い賃上げを実現できなかったとしたら、それは連合傘下労働組合の交渉が下手だったか、経営側の言い分にも理があると見て無理な賃上げ要求に固執しなかったか、いずれかだろう。

「企業が利益をためこんで労働者に分配しようとしない」という非難が本当に正しいのなら、労働組合は企業側の身勝手を徹底的に追及して戦えばよいではないか。それができなかったのは、もし労働組合側の交渉力に問題がないとすれば、企業側の論理が決して身勝手なものではなく、筋が通っていたがゆえに、それ以上強く要求できなかったからだろう。

www.sankeibiz.jp

経団連は実際に平成31年春闘の集計でも、定期昇給やベースアップ(ベア)を含む大手企業の賃上げ率は2.43%と6年連続で2%超の高水準が続いている。(SankeiBiz2019年12月26日)

連合は安倍首相の応援を得ながらこの賃上げを達成した。この結果に不満だからといって、責任を当時の安倍首相やアベノミクスのせいにするのは、どう考えてもおかしい。繰り返すが、安倍首相は連合による賃上げ交渉を全面的に応援したのである。それでも連合が望む賃上げを達成できなかったとしたら、その責任は自分たちが負うべきものであろう。

民主党政権の時の方が実質GDP成長率は高かった」への反論

最後に残った枝野代表のアベノミクス批判、「民主党政権の時の方が実質GDP成長率は高かった」についても反論しておきたい。これも合理的な批判とはいえない。都合のいい統計値を取り上げただけの一面的なアベノミクス批判である。

実質GDPの推移を内閣府「国民経済計算(GDP統計)」で確認してみた。

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実質GDPの年次推移――内閣府「国民経済計算(GDP統計)」から

これを見ると確かに民主党政権時代の2010年は年率3.3%の高い成長率を達成している。アベノミクス期は2013年が2.7%、2015年が1.7%、2017年が1.8%と比較的高い数値を出しているが、どの年をとっても3.3%には及ばない。マイナス成長の年もある。2020年の-4.4%はコロナ禍による経済悪化を示すもので、これはアベノミクスとは関係ない。

これらのデータをもって「民主党政権時代の方が経済成長していた」と言うのは、悪い冗談である。

一般に経済が何らかの危機に見舞われて落ち込んだ後は、危機が去るとともに急回復する。この局面では実質GDP成長率は跳ね上がるのが普通だ。2010年は2008年のリーマンショックからの回復期に当たり、落ち込みが大きかったから、その反動で経済成長率が高くなった。それだけのことである。

同じことがコロナ禍の日本経済にも当てはまる。2020年(令和2年)7月31日に内閣府経済財政諮問会議に提出した「中長期の経済財政試算」を見てみよう。そこに実質GDP成長率の予測値が載っている。

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2020年7月31日公表の内閣府「中長期の経済財政試算」から

まもなくコロナの感染拡大が収束し、経済活動が再開されるという見通しの下、2021年の実質GDP成長率が3.4%になると予測されている。これは2020年の経済の落ち込みが激しかったから2021年は反動で高くなると考えられたのだろう。

この高い実質GDP成長率は、経済の需要不足が解消され、経済活動が正常化されるまで続くという。そして、経済活動が正常化した後は徐々に実質成長率が低下し、「成長実現ケース」でも2.0~1.8%程度で落ち着くとされている。

もちろんこの予測は、2020年8月、9月に全国で感染がかつてないほど急拡大したため、もはやこのままでは通用しない。しかし、経済回復過程での実質GDP成長率の推移は同じような傾向を示すものと思われる。

このグラフの2021~23年の高い数値を理由に、その期間の方が2024~29年よりも高い成長率を示したのだから前者の経済パフォーマンスの方が優れていた、などと言えないことは明らかだ。2021~23年は経済回復過程で一時的に高い成長率を示したに過ぎないのである。

*1:求職者数に対する求人数の割合。1を超えた数値は、職探しをしている人よりも企業側の求人の方が多く、企業が人手不足に陥っていることを示す。

*2:15歳以上の働く意欲のある人々=労働力人口のうち、求職活動をしているのに職がない人の割合。