12月21日のNHK「国際報道」で耳慣れない言葉に出合った。番組後半の「メキシコ ”女性だから殺される” フェミサイドの実態」という特集で、「フェミサイド」という言葉に「ん?」と頭脳が反応した。ジェノサイドではなくフェミサイド。何のことだろう?
フェミサイドとは何だろうか?
冒頭、酒井美帆キャスターは次のように述べた。
国連の統計によると、世界では毎年5万人以上の女性が夫や恋人、家族などによって殺害されています。その多くがフェミサイドFemicideと呼ばれる殺人と考えられています。フェミサイドとは、女性を意味するfemiと殺害を意味するcideを合わせた言葉で、女性であることを理由にした意図的な殺人を意味します。この被害がとりわけ多い国の一つがメキシコです。年間およそ900件。背景には、女性に対する差別意識や暴力を容認する社会の傾向があるとされます。これに対応するため、メキシコ政府はフェミサイドを通常の殺人と区別して捜査でも扱うほか、刑が重くなるように法律を改正しています。その背景と現状を取材しました。
この後、現地からのレポートとなるのだが、私が疑問に感じたのは次のくだりだ。
- 背景には、女性に対する差別意識や暴力を容認する社会の傾向があるとされます。
レポートの中でも、特派員がこう語っている。
- メキシコ社会では、女性をさげすむ意識が根強く、女性の死が軽んじられる傾向があると指摘されています。
これらのコメントを聞くと、メキシコという国は女性差別意識が強く、男女平等が進んでいない国という印象を受ける。コメントだけでなく、実際のレポートの内容を聞いても、確かにこれはひどいと思った。捜査機関が女性の死を軽んじて、きちんと捜査していない実態がうかがえたからだ。
メキシコのジェンダーギャップ指数を調べてみると、、、
ところで、男女平等の達成度を示すとしてよく報道される指標に「ジェンダー・ギャップ指数」がある。フェミサイドが横行しているというくらいだから、メキシコは相当低位にあるんだろうと思って調べてみた。
すると、世界経済フォーラムが公表した2020年のランキングは、驚くべきことに153カ国中25位だった。メキシコは上位グループに属すると言っていい。
既に2021年のランキングも公表されている。上記サイトの下部から報告書をダウンロードして総合ランキングを見たところ、メキシコは全156カ国中34位だった。
「2020」の欄に「-9」とあるように、前年の25位から9位ダウンした。しかし、依然として上位グループにあると言っていいだろう。
だがおかしくないだろうか。2021年の日本のジェンダー・ギャップ指数は120位。日本は毎年のように下位に沈んでいて、マスコミの論調は批判一色という印象を受けるのだが、NHKが「背景には女性に対する差別意識や暴力を容認する社会の傾向があるとされます」とか「メキシコ社会では女性をさげすむ意識が根強く、女性の死が軽んじられる傾向があると指摘されています」などと批判的に報じたメキシコは、去年が25位、今年が34位とどちらかと言えば上位グループに入っているのだ。
念のため2018年も調べてみた。するとこの年は50位である。但し、51位のアメリカよりも1つ上だ。
「ジェンダー・ギャップ指数」は、男女平等の達成度を測る指標として不適切
ここから分かるのは、ジェンダー・ギャップ指数は、男女平等の達成度を測るには極めて不十分な指標だということだ。もしこの指標が適切であるならば、ランキングで153カ国中25位(2020年)、156カ国中34位(2021年)の国が、「女性に対する差別意識や暴力を容認する社会の傾向がある」「女性をさげすむ意識が根強く、女性の死が軽んじられる傾向がある」「フェミサイドがとりわけ多い」などと非難されるはずがない。
メキシコ社会の現状がNHK特派員のレポートにある通りなら、男女平等の指標であるジェンダー・ギャップ指数のランクは下位になっていてもおかしくない。逆に、ランキングが男女平等の達成度を正しく反映していると言うなら、メキシコでフェミサイドが横行している現実を説明できなくなる。
それとも、20~30位台にランクインする国でさえ「女性をさげすむ意識が根強い」のだから、それ以下の国々の女性に対する差別意識はもっと強く、下位になればなるほど絶望的なほど女性蔑視的で、フェミサイドの横行する程度もメキシコとは比較にならないほどもっともっとひどい、ということになるのだろうか?
常識的に考えて、私にはとてもそんなふうには思えない。むしろ、男女平等の達成度を測るというジェンダー・ギャップ指数の方が、社会の実態を正確に捉えていないと見るべきだ。
「メキシコ ”女性だから殺される” フェミサイドの実態」の文字起こし
以下は「国際報道2021」12月21日の該当箇所を文字に起こしたもの。
先月(11月25日に)行われた女性に対する暴力撤廃を訴えるデモ。フェミサイドの犠牲となった女性たちの母親らが参加しました。
「ノーノーノー! 殺されるつもりなんてない」(デモで声を上げる女性)
◇
アラセリ・オソーリオさん(49)です。
「毎日11人から13人の女性が殺される。こんな国は民主主義と言えるのか」
オソーリオさんの一人娘レスビィさん。4年前、22歳だった時、大学職員だった恋人によって深夜、キャンパス内のこの公衆電話がある場所で殺されました。事件から2か月後に恋人の男は逮捕されましたが、この時は殺人の容疑ではありませんでした。
「娘の恋人を逮捕したと言われ、私が容疑を尋ねると、彼の罪は娘の“自殺を止めなかった”ことだと言われました」(アラセリ・オソーリオさん)
◇
メキシコ社会では女性をさげすむ意識が根強く、女性の死が軽んじられる傾向があると指摘されています。女性の殺人事件でも、犯行に至るまでの暴力など、フェミサイドの可能性がきちんと捜査されないことが問題になっています。
オソーリオさんは「娘が自殺するはずがない」と信じており、再捜査を訴えました。
「約1年たってようやく協力者の支援で女性の立場に配慮した独自の捜査や現場検証を行うことが許可されました」
その結果、容疑者の男はレスビィさんに頻繁に暴力をふるっていたことが判明、さらに亡くなる直前まで一緒にいたことや現場の状況などから、レスビィさんを殺害したフェミサイドの罪で禁錮52年6か月が言い渡されました。
◇
この事件の再捜査を後押ししたのが2015年に連邦最高裁判所が示した判決です。
判決を勝ち取ったイリネア・ブエンディアさん(69)です。ブエンディアさんの娘マリアナさん(当時29歳)は、自宅で亡くなっているのが見つかりました。マリアナさんは検察官だった夫に日頃から暴力を受けていて、離婚を決意した直後に亡くなりました。
「検察は娘は自殺だと断定しましたが、殺人を隠蔽するための口実にすぎませんでした」
母親のイリネアさんは「検察が再捜査するように」と裁判所に訴えました。その結果、最高裁は「女性が死亡した事件では、女性であることが理由で殺された可能性を考慮すべき」として、再捜査の判決を初めて下したのです。
◇
この判決以降、女性の死亡したケースでは、フェミサイドを考えた捜査が求められるようになりました。
これを受け、去年3月、メキシコシティー検察庁にフェミサイド専門の捜査機関が設置され、捜査を進めています。
「フェミサイドの容疑者が裁判にかけられる頻度は上がりました」(メキシコシティー検察庁エルネスティーナ・ゴドイ検事総長)
チームを率いるサユリ・エレーラさんです。人権擁護団体の弁護士として女性の被害者を守ってきた経歴や市民社会との関わりを評価され、責任者に抜擢されました。
「フェミサイドは根絶されなければいけない。男女平等に向け女性として生きるための闘いだからです」(フェミサイド専門検事サユリ・エレーラさん)
女性に対する暴力とフェミサイドの根絶へ向けた取り組みが、少しずつメキシコ社会を変えようとしています。