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「ロシアもウクライナも両方悪い」を批判する細谷雄一教授のコメント雑感

www.huffingtonpost.jp

「ロシアもウクライナも両方悪い」という人がいる。確かに、NATOの東方拡大がロシアを追い詰めて自衛のための侵略に走らせたという見方をする人は多いようだ。

そういう人たちへの反論を細谷氏は書いていて、おおむね納得できる。ウクライナにも非はあったし、侵攻前に「米軍を派遣することはない」とバイデン大統領が言ったことも大問題だった。しかし、悪いのはロシアである。

ウクライナの失策(=2014年に親露派の大統領を実力行使で失職させたのはやり過ぎだった。これが大国ロシアを著しく刺激した)やプーチン大統領に誤ったメッセージを送ることになったバイデン大統領の失態も、ロシアによるウクライナ侵略を免責することはできない。

NATOの東方拡大については、そもそもNATOは防衛的な機構であり、旧ソ連覇権主義的、拡張主義的な行動を考えれば、極めて合理的な選択の結果である。プーチン大統領は、ロシアがなぜ敵視され、脅威とみなされているのか、その理由に思いを巡らして反省すべきだった。

それをせず、逆にNATOを自国にとっての脅威とみなしたのは本末転倒であり、被害妄想としか言いようがない。

NATOの東方拡大がロシアを追い詰めたなどという見方は、プーチン大統領の被害妄想に肩入れするもので、全く説得力がない。

ところで、私は細谷氏の次の発言が気になった。

侵略国と被侵略国の区別を付けず「中立」であるとして、戦争は「両方悪い」ということであるのならば、そもそも第二次世界大戦でのナチス・ドイツの侵略や、日本の戦争責任についてもすべて免罪することになりかねず、戦後秩序の根幹が崩れます。

ニュルンベルク裁判も、東京裁判も、「侵略国」に責任があるとしているので、その正当性への批判があり得るにせよ、「武力による威嚇や武力行使」を禁止してきた20世紀の国際社会の歩みについての、あまりにも無感覚で無責任な発言といわざるをえません。

ここで疑問なのは、戦後秩序の根幹が崩れるという話をするために、第2次大戦の日本や東京裁判を持ち出す必要があるのか、という点だ。

第2次大戦での日本や東京裁判を引き合いに出すのはおかしい

戦後秩序は戦勝国が中心になって作った。しかし、戦後と戦中・戦前では、適用される国際法は異なる。戦争に対する考え方も違う。

戦勝国史観によって敗戦国の日本が裁かれるのは仕方がないにせよ、国際連合国連憲章は、戦勝国が敗戦国に厳しくあたるために作られたわけではない。敵国条項の残存という問題は残っているが、基本的に国連憲章は普遍的に、どの国にも平等に適用される原則を示したものだ。

しかし、その国連憲章は戦前、戦中には存在しなかった。

日本のかつての行動の是非は、当時の国際法や価値観に照らして評価されなければならず、今回のロシアのウクライナ侵略とは別次元の話だ。ホロコーストを行ったナチス・ドイツはともかく、ロシアを断罪できなければ第2次大戦での日本の行為も断罪できなくなる、という主張には賛同できない。

そもそも第2次大戦においては、侵略国と被侵略国を明瞭に区別することはできない。戦勝国であるソ連は被侵略国だろうか?

ソ連戦勝国だが侵略国でもあった

1939年9月、ソ連はドイツと相呼応してポーランドに侵攻した。ソ連は第2次大戦の引き金を引いた張本人なのだ。

ソ連ポーランドの2国間関係を見れば、第2次大戦の結果がどうであろうと、ソ連が侵略国であり、ポーランドは被侵略国だ。ポーランドが戦後、社会主義国としてソ連の衛星国とならなければならなかったのも、ソ連の侵略の結果である。

ソ連は、1941年に独ソ不可侵条約を破棄したドイツの侵攻を受け、ドイツに侵略された。その意味でソ連は被侵略国であるが、それをもってソ連ポーランド(やフィンランド)を侵略した事実を消すことはできない。

ソ連はまた日本をも侵略した。日ソ不可侵条約の効力がまだ残っている時に参戦し、日本がポツダム宣言を受諾して武器を置いた後も攻撃を続けたからである。連合国の立場に立てば、対日戦勝に貢献したということになるのだろうが、日本の立場では、これは侵略である。

日本軍が武器を置くと同時に攻撃を止めたのであればまだしも、ソ連軍はその後も侵攻を続け、樺太南部や千島列島沿いに南下して北方領土を奪い取ってしまった。「日本は侵略国なのだから、そのくらいのことをされても当然」という理屈は成り立たない。

同じことは日米戦についても言える。「日本は侵略国だ。よって広島、長崎に原爆を落としたアメリカに責任はない」という理屈は到底受け入れがたい。

アメリカの原爆投下は、無数の民間人が巻き添えになることを分かっていながら実行されたものであり、戦時国際法に違反することは明白だ。アメリカが免責されたのは、ひとえにアメリカが戦勝国だったからで、当時、今日の国際刑事裁判所のような組織があったならば、アメリカの指導者も裁かれたのではないだろうか。

日米戦争は、日本=悪、アメリカ=善と単純化できない

敗戦国の日本が東京裁判の結果を受け入れるのはやむを得ない。しかし、判決を導いた事実認識に誤りがあれば、それを後日、正していく努力をするのは当然のことである。

日本とアメリカの戦争が、日本が一方的に悪で、アメリカが全面的に善であったとは言えない。日米戦当時の日本を、ロシア・ウクライナ戦争におけるロシアと同一視することはできないはずだ。

そう考えると、細谷教授の議論の進め方がどうにも奇妙に思えてくる。

ロシアとウクライナを「両方悪い」と言ったり「中立」の立場を取ったりすれば、戦後秩序の根幹が崩れる、と細谷教授が言うのは至極もっともだ。だが、それを言うために第2次大戦での日本や東京裁判を持ち出す必要はなかったのではないか。

細谷教授は次のように言うだけでよかったと思う。

第2次大戦の教訓をもとに作られた国連憲章と国連が戦後秩序の根幹を形作ってきた。しかし今回のロシアの行為はこれを踏みにじるものだ。したがって、「両方悪い」「中立」という第三者的立場に立つことは戦後秩序の崩壊に手を貸すことになり、許されない。

要旨としては、これで十分だろう。